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2017年8月17日 (木)

立秋とは言ったものの。いやはや、この暑さは。

暦の上では、立秋とはなったものの、まだまだ日中は暑いです。ただ、夜はコウロギや鈴虫の声も聞こえるようになりました。当組合も、9月の優良材市に向けて伐り師さんには頑張ってもらいたいところです。本日、丸太市がありましたが、少し値上がりしているみたいです。

さて、鎌倉時代の小国はどうだったかと言うと平家が滅び、源氏も北条氏から滅ぼされ、北条氏が武家政治を行ったわけで、京都の公家はこの実権が面白くなく、後鳥羽天皇を中心に北条氏を倒そうとしましたが、大軍にやられて、配流させられました。「承久の変」でしょうか。

小国の葉室氏も菊池氏とこの承久の変で朝廷側に参加しているようです。よって、敗北した菊池氏は領土が半分になり、葉室氏は領土を没収され菊池氏の配下になっている。当時は小国も阿蘇氏の所領化にありましたが、阿蘇氏の武士団化を恐れ、北条氏が地頭となり阿蘇氏の勢力を削ぎ取っていた。しかしながら、阿蘇神社に対しては尊崇の念をもっていたと考えられている。葉室氏が菊池氏の配下になったのち、小国は北里(綿貫)次郎左衛門尉妙義が御家人としておさめたと考えられる。幕府の武家政治が始まり、北条時定が鎮西奉行として九州を統制し、守護を置くようになった。大分には大友氏、大宰府には武蔵頼資氏、薩摩には島津氏、球磨郡人吉には相良氏を地頭として置いた。時定は、小国に来て満願寺(満願寺温泉)を建立し、勅願寺とした。それは、時定の墓、定宗の墓、隋時の墓があるので明らかである。

つづく

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