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2017年11月 1日 (水)

紅葉も始まりました。1

こんにちは。

10月の長雨も終わり、久しぶりの秋晴れとなっています。霜月となり、小国の涌蓋山のふもとでは、霜が降り少しづつ木々が色づき始めています。これから、小国も寒くなり、こたつが欠かせないところです。

今日は、小国郷優良市があり、県内外から80名ほどの買方さんが見え、遠くは秋田、四国からも見えていました。今年のメインは小国でも最も古い神社(両神社)の大木が出荷されていました。さらに、桧も200年近いものもあり例年にない粒ぞろいの丸太が並びました。威勢の良いセリ子の第1声からはじまり、メイン木は11時ぐらいからセリにかけられ、1立方当たり10万円からの丸太が続出しました。最高値の桧は、1立方28万9,800円で、なんと杉も最高値が28万9,800円と同じ金額でした。杉の方は2番木で予想外の値段であり、両神社木でした。桧は、個人の所有者でした。全体的には、値段は良かったと思いました。少しでも、所有者へ収益が残れば幸いだと思います。

さて、小国郷の歴史ですが1580年代では小国郷は大友・阿蘇氏の二重支配構造になっており、宅間原合戦(熊本市大江町)を皮切りに薩摩の島津氏が肥後の国に進出し始め室原氏が阿蘇惟将の配下で大友方として出陣している。大分県上津江村から小国の黒渕手水野で合戦が始まり、阿蘇惟将配下の矢津田監物氏や室原駿河守氏などが防戦している。1584年には、北里和泉守、北里惟昌が北里地区に籠城して防備を固めている。攻めあぐねた島津方は、内応を働きかける。下城地区の下城伊州に本領安堵を条件に攻め、北里惟昌氏も島津方に本領安堵を条件に内応している。(のちに息子の北里親生も内応する可能性があったが阿蘇惟光に忠節を誓う事で本領安堵となっている。)それによって、1586年に小国郷も島津方に陥落し、大友氏の本土である大分の宇佐にて転戦している。翌年、九州征伐をめざして豊臣秀吉が進出すると島津勢は小国郷から撤退し、その後豊臣家の大名として佐々成政が治めることになる。小国郷は肥後の国、大分の豊後の国、日田地区に隣接しており、いづれの勢力にも、地理的に重要な地域だったと考えられる。合戦の場ともなっていた。  ・・・続くhappy01

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